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さすがに万能の召使いなんているわけないですから、次に、日本人はどう考えるかというと、そのイメージと取引をするのです。このくらい願って、このくらい献身したら、このくらい神様=万能の召使いが取引として、願いをかなえてくれるというわけです。
 これを日本語で「努力」するといいます。
 努力が報われなくて、ぷんぷん、している人っているでしょ。神様と取引がうまくいってないんですよ。
Posted 1 week ago

Wikipediaの金 [wikipedia.org]によると、
1トンの鉱石から最低0.5g取れるだけで経済的に金鉱山と言えるそうです。

PC100台分の基盤を処理して、2gも取れるということは、トン当たりで見ると数十グラムも取れる計算になると思われ、
十分、掘る価値のある金山であるのではないかと。

実際、大きなスケールで事業化している例 [dowa-eco.co.jp]が有ります。

Posted 1 week ago
女「そうよ・・私があの人をブロックしたのよ!リプをくれないから・・あの人は私を憎んでいたのよ!」
探偵「それは、違いますな(favstarを見せる)」
女「嘘・・あの人・・こんなにふぁぼってくれてる・・」
探偵「誰よりあなたを愛していたんでしょう」
女「嘘!こんなの嘘よ!ああああ・・」
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96 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 22:52:43.76 ID:DXZ/o1lj0
たけし、さんま、タモリ、この3人のパワーバランスがとれているのは、
すべて 『志村けん』 のお陰。
志村の若手・中堅芸人からの支持は、尋常じゃない。

フライ○ー襲撃後、たけしが一時的に干された時は、志村がたけしの家族と
軍団、軍団の家族の生活費を面倒見てたし。

当時の志村とたけしは、ライバル関係。
ド○フが○ょうきんに潰され、かとちゃんけんちゃんごきげんテレビと○ょうきんで
視聴率を争っていた。なのに、志村はたけしを助けた。

たけしの著書に書いてあった、
『おそらく、けんさんの出費は3億円はくだらない』って。

『 出所した後、けんさんの所に行って、ご迷惑おかけしました。軍団がお世話になりました。お金は必ず返します。』 って
言ったら、『 たけしさん、俺は口下手だから、うまく言えないけど、今回の事は気にしないでよ。俺が勝手にやった事だよ。
それよりも、今まで通り、どっちがお客さんを笑わせるか、ライバルでいてくれよ。だから、今回の事は忘れてくれよ・・・。
今まで通り、頼むよ。 』 って志村。

テレビにも出れない新人芸人が、娘の手術費に300万必要って
志村に泣きついた。そしたら、志村は出世払いでいいよって1000万円現金で
ボストンバッグごとあげた。
志村と交流のある、松○と若手芸人が怪しんで、問い詰めたら、嘘発覚。
○袋筋太○が志村に言ったら、 『 なんだ、娘さん無事なの?良かったな~。ほっとした!
貸した金?ああ、どうでもいいよ。金は天下の回り物だw 』って。

○袋はその場で、『志村さん・・・なんでそんなに良い人なんですか。俺は自分が恥ずかしい 』って
泣き崩れた。


199 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 23:12:49.93 ID:DXZ/o1lj0
志村けんの人格の良さは、色々な芸人の本でも書かれているからな。
共演者がどんなに新人でも、かならず共演する人の楽屋に自分一人で
挨拶に行くってのは、超有名。

松本の【遺書】にも、『 やたらと親切で礼儀正しいおっさん。 おい、まっちゃん!
関東に進出して、おめでとう!何か困ったことがあれば、この俺に言えよ!その代わり、
俺が売れなくなったら、松っちゃんの番組で使ってよw 』 って。

関東に出てきて、関東の芸人さんに初めて優しくしてもらいましたわw
鉄アンド○が、NHKの番組に出る前に楽屋でくつろいでたら、
いきなりノックされて、出たら志村だったっていう。

『 俺、あなた達の後に出番で、今さ、楽屋でくつろいでたの。そしたら、マネージャーが、
隣の楽屋に鉄アンド○がいるっていうから、挨拶にきたのよ。』

『わっ!え!いや!ちょっと!本当に志村けん?あ!呼び捨てすみません!え?嘘?すみません!』
って鉄はビビりまくり(雑誌のインタビューより抜粋)

この時の出来事を後に、雑誌で【 ドッキリかと思いました。あの、あの志村さんが、
俺たちみたいな者の楽屋に挨拶って・・・】

『 こういう時代だからこそ、こういう暗い話題ばかりの日本だからこそ、お互いに
笑いで盛り上げて行こうな! 』 って志村さんに言われた。って暴露してたw
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422:1/2:008/10/31(金) 17:15:22

いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。
その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに
毎日病室に訪れ付き添った。結婚の約束もしていたんじゃないかな。
食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、
がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。
そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんて
まったく想像つかなかった。「きっとこの2人はあと数年もしたら結婚
して、幸せな家庭築くんだろーな」なんて、見舞いにいくたび
幸せな想像しかできなかった。普通にうらやましかった。

しかし、従兄弟の病状はどんどん進んでいった。みるみるやせて、
目ばかりぎょろぎょろになって、身内のわたしでも正視できなかった。
はやく終わってほしかった。人の命のもろさが怖かった。
でも彼女はずっとそばにいた。従兄弟のやせ細った手を握って、
抗がん剤の影響で、ぼろぼろに禿げたあたまにかぶる毛糸の帽子を
作ったり。わたしは、怖くて怖くて病室にも入るのもいやで
病室に入っても、 彼女の後姿ばかり見ていた気がする。
従兄弟は、癌がよくなったらどこかへいこうとか、あれ食べに行こうとか
今度の携帯の最新機種を買いたいとか、来ない日のことばかりしゃべった。

彼女は笑顔で、「絶対いこーね」「わたしあれ食べたい」とか、いってた。
気休めだろって思ったけど、彼女の目は本気だった。
今、思い返せば、彼女はほかにどうすることもできなかったんだと思った。
彼女も怖かったのに、好きな人を失うことが、
きっと自分が死ぬ以上に恐ろしかったと思う。


424:2/2:2008/10/31(金) 17:19:00

年末に、癌が全身にまわり、肺に転移。
従兄弟は最初の意識不明に陥った。
医師は、「癌を抑える薬がある。しかし、一時的に抑える効果しかない。
苦しみがのびるだけ。私の子供が患者だったらこのまま死なせる」ときっぱり。
両親は、「せめて27歳の誕生日を迎えさせたい」と延命を望んだ。
横で、彼女はだまって、ふるえていた。
薬は効いて従兄弟は劇的に回復した。
彼女と温泉にいったり、近場に旅行いったり、
新薬は2人に時間をくれた。
「癌が治った」とはしゃいでいたけど、一時的だというのは
本人が何よりも知っていたと思う。
最後のときをすごす2人に、両親も親戚もなにもいわず見守った。

春、従兄弟が3度目の意識不明に陥った。
あまりの痛みに子供のように泣き叫ぶ従兄弟を、彼女と従兄弟の母親が
押さえつけ、抱きしめた。「ここにいるよ。ひとりじゃないよ」
彼女は、死の激痛にあえぐ従兄弟の顔にキスして、手足をさすった。
医師が死亡宣告し、遺体が自宅に搬送されるまで、
彼女は従兄弟を抱いた。
何かにとりつかれたように嗚咽する彼女をみて
「人を愛する」ってこういうことかと思った。

彼女は、親戚の手前、通夜、葬式にも出られなかった。
毎年、従兄弟の墓参りには来ていた。
従兄弟が死んで数ヶ月あと、勤めていた会社をやめたことを聞いた。

数年たって、墓参りにもこなくなった。
最近、彼女が結婚し、1児の母になったことを聞いた。
寂しく思った反面、ほっとした。幸せになってほしいと思う。
Posted 1 week ago
「生命は情報をコピーすることで始まった。現在の人類の発展は、多くの人々が技術を共有したからこそ成し得た。情報は分け与えても減ることはなく、むしろ増える性質を持つ。そう、愛のように。」 うむ。十分行ける